『氷人来たる』
The Iceman Comethブルックス・アトキンソン劇場 １９９９．４．１２(月)〜１７（土）１９：００
１９９９．４．１９（月）１９：００
作：ユージン・オニール
演出：ハワード・デイヴィスキャスト：
ロッキー...トニー・ダンザ
ウィリー...マイケル・エマーソン
ジミー...ポール・ジアマッティ
ハリー...ジェームズ・ヘイゼルディン
パリット...ロバート・ショーン・レナード
ラリー・スレイド...ティム・ピゴット・スミス
ヒューゴ...ステファン・シンガー
パール...ディナ・スパイベイ
チャック...スキップ・サダス
ウェトジェン...エド・ディクソン
コーラ...カイティ・フィネラン
セシル・ルイス...パトリック・ゴドフレイ
マージ...キャスリーン・ケルナー
ジョー...クラーク・ピータース
マクグロイン...リチャード・リーヘル
ヒッキー...ケヴィン・スペイシー
モシャー...ジェフ・ワイズ
物語：ＮＹヘルズキッチンにあるハリー・ホープの酒場。ここの常連達は生きることに疲れ、又は人生に敗北した者達ではあるが、生きている限りは明日への夢を持ち続けようとしている。彼らが持ち続けているのは、実現の可能性のない独りよがりな夢、パイプ・ドリーム。その酒場に毎年２回現れるセールスマンのヒッキー。彼もまたパイプ・ドリームを持つ一人であるが、この年現れたヒッキーはいつもの彼らしくない。パイプ・ドリームは捨てたというヒッキー。そしてみんなにも捨てるよう説得するヒッキー。酒場はいつもとは違う時を迎える。。。
千人ちょっと入るとはいえ場内はそれ程広くないです。一階の一番後ろからでも舞台はよく見えそう。芝居は４幕もので、１幕と２幕の間と３幕と４幕の間に休憩が入ります。
観終わって「凄い！」と思った芝居には何度か出会ったけれど、凄すぎてどうしたらいいのか分からない（別に何かしなくちゃいけないってわけじゃないけど(^_^; ）芝居を観たのは初めてかもしれない。“圧倒されるってこういうのを言うんだなあ”としみじみ実感。４時間強と長い芝居ですが、ラストに向かってぐんぐんと引き込まれていく心地よさはしばらく忘れていた感覚でした。何しろ最初に観た日、カーテンコールで思わずスタンディング・オベーションをしてしまったのですから。「本当に素晴らしかった！」という気持ちをキャスト達に見せるには、今ここでスタンディングするしかないという気持ちで一杯でした。この時は前から５列目のど真ん中という素晴らしい席だったのですが、他に立っている人が居るかどうかなんて全然気にする余裕はありませんでした。後で聞くとほぼ全員のスタンディング・オベーションというステキな光景があったのですが。
一緒に観に行った友人達には「出待ちするから芝居終わったら速攻で出るわよ！」と言われていたけれど、すぐに席を離れるのは惜しい気がしました。少しの間でいいからこの余韻に浸っていたいなと。事実、キャストが舞台から去った後、少し動けなかった…。そして出待ちの列に出遅れた私f^^;。とにかく何が凄いって、ハワード・デイヴィスの演出が見事で圧倒されました。ケヴィン・モードで芝居を観る筈だったのに、気が付いたら芝居全体を観ていた程、素晴らしく統一感のある迫力ある演出でした。ケヴィンだけ観てたら勿体ないという気がしましたから。
最初に観た日は細かいところまでは目が行かなかったけれど、あれだけ登場人物が沢山いるのに（メインの酒場にたむろしている男達だけで１４人もいる）全く混乱しなかったです。個性的な役者さんの力も勿論あるけれど、それぞれのキャラクターの動かし方や見せ方が自然でとても上手い。戯曲で分かりにくいところを丁寧に見せてくれるのも嬉しいです。観る度に新たな発見があったりして、毎日観ていてもまるで飽きない奥深さ（これは英語が理解できていない為という気がするけど(^_^; ）。
オニールの戯曲を読んだときに、ちょっと退屈になっちゃうかもと思っていた１幕。殆どをヒッキー（ケヴィン・スペイシー）以外の登場人物の紹介に時間を割きますが、ユーモアを交えたり（何で面白いのか分からない所も多々あったけど(T_T) ）、役者の間とか動きがおかしかったりして笑える場面が凄く多かった。こういうのは舞台に乗せてみないと分からないんですね。
そして主要な登場人物であるヒッキー、ラリー、パリットの対比が、全幕を通して各所で見え隠れしてるのも凄く印象的です。その配置の仕方も舞台の中央と両端に置いたり、ヒッキーだけを中央に置いたりと見せ方の対比も面白い。この３人の関係をより明瞭にしたのが、物語をグッと厚みのあるものにしているのだと思います。特にキーポイントになるラリーという人物がこれ程魅力的なキャラクターだったとは、戯曲を読んでいた時にはまるで気が付きませんでした。憂鬱で陰気な人だとばかり思っていた…。決して明るくはない幕切れ、でも不思議と虚しさは残りませんでした。これはヒッキーもパリットも、最後にラリーという理解者を得ることができたというのが大きいのだと思います。この辺りは観る人によって解釈の違いが出るのでとても難しいとは思うのですが。私なんぞは演出意図をちゃんと理解しているかも怪しいし(^_^; 。それでもラリーを演じるティム・ピゴットスミスの醸し出す暖かさはとても印象的でした。
しかしこの芝居の素晴らしさは、この３人だけでなく酒場の夢敗れし男達全てに意味を持たせて、それを丁寧に描き出していることにあるのだと思います。これは演出の力も勿論だけれど、揃って素晴らしい芝居を見せた役者の力の大きさも当然あると思います。場面転換のない１シチュエーションもので、とても暗いこの話しを、セリフをしっかりと理解して説得力あるものとして発するという、芝居に一番必要でまた難しいことを、どの役者も完璧にこなしてる。このアンサンブルの素晴らしさは本当に特筆すべきものです。これがあのケヴィン・スペイシーを必要以上に突出させない、バランスの良さを見せている最大の要因でしょう。
トータル演劇としては、今回比較されることの多いアーサー・ミラーの『セールスマンの死』の方が上かもしれない。でも混沌としていて不器用にも見える『氷人来たる』は、そのキャラクターの心理描写の複雑さ、分かりにくさが、少々荒いかもしれないけれど一種の迫力となって観る者の心を捉えているのではないかと思います。“武骨で不明瞭”……確かにオニールの戯曲は一度読んだだけでは分かりにくいところが多くあります。描くテーマも一読では良く分からなかったし。でもそれを魅力溢れる芝居として舞台上に乗せた演出家と、それぞれが素晴らしいパフォーマンスを見せた役者達は、そんなマイナスの壁を楽々と越えてしまったように思います。（★★★★★＋）
