夜への長い旅路

夜への長い旅路（Long Day's Journey Into Night）プリマス劇場 2003.6.27(金)19:00

作：ユージン・オニール
演出：ロバート・フォールズキャスト：
ジェイムズ・ティローン...ブライアン・デネヒー
メアリー・ティローン...ヴァネッサ・レッドグレイヴ
ジェイミー・ティローン...フィリップ・シーモア・ホフマン
エドマンド・ティローン...ロバート・ショーン・レナード
キャサリン...フィアナ・トイビン

物語：母メアリが療養所から帰ってきて二ヶ月。しかし昨夜からまた薬に手を出している。それを家族も知っているが、誰もが気が付かない振りをしている。父ジェイムズは役者だったが今は引退、長男ジェイミーも役者だが仕事がなく飲んだくれる毎日。次男エドマンドは結核を患っているが、まだ家族の誰にも話していない。幸せな振りをして暮らす家族。しかし、その夜は違った。これまでの想いをそれぞれがぶつけ合う時、ティローン家の長い夜が始まる。。。

多くの批評で言われていましたが、やはり装置や照明等の技術的な所より役者の演技を堪能する芝居。役者の熱のこもった演技が舞台を支えています。ロバート・フォールズの演出は、余計なところで笑いが来たりと気になる部分も幾つかありますが（意図的な笑いなのかどうか分からないけれど、明らかにいらないと思う部分がある）、それを除くと丁寧に演出をしてます。個々のキャラクターのぶつかり合いを細やかに描いているので、役者の演技が点ではなく繋がりのある線で観られる。この辺りの演出の安定感は流石。

装置は海辺の別荘という設定とは少し違うかも。木の打ちっぱなしっぽくて山小屋風。暖炉でもあれば完璧かも(^^;;。少し明るめの壁にすれば海辺っぽく見えたと思うけど（白い壁ってのはティローン家には似合わないが(笑)）、これって日本人の感覚なのかな。下手に台所と小さな窓、上手に玄関と窓があるのですが、そこからの明かりをもう少し工夫すれば海辺っぽく見えたかも。でも二幕のメアリーとキャサリンが話す場面での夕方の明かりは美しかったです。

素晴らしかった役者について。父親役のブライアン・デネヒーは、４年前の『セールスマンの死』のローマン役の方が遥かにいい芝居をしていますが、求心力のある力強い演技。大声で叫ぶような場面が多くて聞き辛かったのが少し残念だったけれど、偏屈で、でも大らかな父親像を大きな演技で見せてます。母親役のヴァネッサ・レッドグレイヴは、細やかな表現が美しさを感じさせる演技で芝居全体を引っ張ります。特に一人っきりになった時に見せる、一点を見つめるような表情と生気の無い眼にドキッとさせられます。ラストの少女のような表情も鮮やか。エドマンドに非難されたときの何ともいえない哀しい姿も印象に残ります。長男ジェイミー役のフィリップ・シーモア・ホフマンは、三幕（戯曲では四幕）で凄みさえ感じさせる豊かな感情表現を見せます。エドマンドに対する愛憎入り混じった表現は見事（やっぱりここは笑うところじゃないと思うんだけど）。母親に対する諦めと、諦めきれない様子も心を打ちます。しかし相変わらず酔っ払い演技が怖いぐらい上手い。ホントに幕間でビール２、３本飲んでるんじゃないかと思うほど(^^;;。

そしてロバート・ショーン・レナードが演じるエドマンド。丁寧に細やかに役柄の細部を表現してみせる姿に、ロバートの芝居に対する姿勢を観た気がします。自然な動きと押さえた演技の中から、確かな感情表現をみせてくれる。結核持ちという役柄なのですが、出てきたときから具合が悪そうで、芝居なのか病気明けだからなのか最初分からないくらいでした。出待ちでの姿を見ると演技だと思うのですが、この辺りの表現の仕方は上手い。それに自然な動きの中からセリフを言えるというのは、役作りの上手さと演技に余裕があるからなのでしょう。特に上手いと思ったのは感情のコントロールの見事さ。大声で叫んだり、オーバーアクトして感情を爆発させていいような場面でも、ロバートはかなり抑えて芝居するのですが、その中から役柄の心の内を上手く表現できているし、こちらに感情の揺れがハッキリと分かる。あー、もう愛溢れまくってるわ＞私(^_^;;。ようやく観られたってことで、やっぱり五割り増しで観てるのかなあ(笑)。でもこういう表現の仕方は凄く上手くなったと思う。派手な芝居ではないけれど、とても気配りの利いた演技。

この芝居はユージン・オニールの自伝的作品であり、母親の麻薬中毒という現実を中心に据えて、家族がお互いの気持ちを吐き出していくという物語なのですが、幕毎に個々のキャラクターが大きな芝居をするような展開になってます。一幕は父親、二幕は母親、三幕はジェイミー。次男のエドマンドはオニール自身を投影させているということもあり、戯曲でも殆ど気持ちを表に出さずに全編に渡って受けの芝居をする役。家族に非難を止めるよう言葉を投げかけるのもエドマンド。家族を見る目はとても冷ややかなのですが、時折、愛情や優しさを感じさせる所があったりして、オニールの複雑な内面が見え隠れするのがとても面白い。しかし小さい頃死んだ次男に自分の名前、ユージーンと付けるなんてやっぱり暗すぎる…。

決して明るくは無いし、救いがあるのか無いのか分かりにくい（ある解説書にはエドマンドは最後まで母親への希望を失っていなかったとありますが…）私の考えるオニールらしい芝居。４時間の上演時間ということもあり観るには体力が必要な舞台ですが、とても密度の濃い内容のしっかりした芝居でした。

（★★★★）